東南アジア逃亡に至るまで №1

ども17回目の親鶏です。

今日は親鶏がなぜ東南アジアに住み着いたか誰も興味がない話をしてみます。この経験は少なからず子供達の育て方に大きな影響を与えたと思われる。

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幼少期編

親鶏の小さい頃は、ごくごく普通のこども。いじめやいじめられた事もある中途半端な幼少期。成績は全学年オール1(最下位)。親からは勉強のことで一度も怒られたことがない。ただ一つ、ズル休みだけはすこぶる叱られた。いじめを受けると学校も行きたくなくなるのにね(涙)

そんなわけわからない親父だけども毎週のようにどこかに連れて行ってくれた。ただし子供が喜びそうなところではない。親父の趣味でもあるマラソン大会。そんなところに同世代なんか居なかった。見知らぬおじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃん達が集まり、あらかわいいお子さんねぇ。僕ちゃんもマラソン好きなの?ってまいど聞かれた。親父に拉致られているんです。ったく。

そんなとんでもない親父だけども年に一度は海外のマラソン大会に連れて行ってくれた。初めて訪れた国は韓国。小学校3年生の頃だったと記憶する。幼ながらに触れる異国の雰囲気。少なからずこの経験が海外に興味をもつ切っ掛けになったのではなかろうか。因みに親父はホノルルやボストンマラソン、中国、ヨーローッパなどの大会に参加していたが、お袋と自分は何故か韓国だけしかお呼ばれしなかった。大人の事情というやつだろう。

1972年創刊2009年1月号を最後に廃刊になってしまったロードショーという洋画専門誌がありこれを読み漁っていた中学時代。プラトーンやランボーなどドンパチ物がすきでたまらなかった。そんななかトムクルーズ主演のトップガンに魅了され、俺も米軍のパイロットになりたいと親父に相談すると返事なし。返事がないということは承諾した意味である。今でこそネットで情報を得る事ができるが当時は雑誌やチラシ、英会話学校などで確認する方法しかなかった。パイロットコースはあるが社会人用が殆ど。しかたなくロサンジェルスにあるアナハイムの高校でサマースクールというやつを経験することにした。このとき中学2年生。

それから半年ほどし準備も整い中学3年生でアメリカに渡ることになった。アナハイムではホームステイ。あの映画でみる世界が経験できると夢膨らませたものの現実は厳しかった。当時はまだまだ黄色人種に対する偏見もあり街を歩いていてもイエローモンキーなどと罵声を浴びさせらる。また英語もロクに勉強せずきてしまい全く会話にならない。意味すらわからない。学校でも自分が何を習っているのかもわからずストレスからホームステイ先の家族ともギクシャクし始めた。

army and navy

なんとか軌道修正すべくというかホームステイ先から脱出すべく分厚い電話帳と辞書片手に学校を片っ端から調べはじめ何やら士官学校なるものを知る。そこで出会ったのがアナハイムから南に下ったカールスバッド市にあるアーミーネービーアカデミー。藁をも掴む思いで願書をとりよせ6月の新学期に滑り込むことができた。ここは全寮制。入学して気づいたのだけど男子校だった・・・。

Beach.jpg

宿舎の裏はビーチ。サーフィン、ボディボードを毎日のように楽しんだ。初めて目の前で泳ぐイルカをめにしたのもこの場所。懐かしい。。

東南アジア逃亡に至るまで №2

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