東南アジア逃亡に至るまで №4

ども投稿33回目の親鶏です。

久しぶり東南アジア逃亡の続きでも。

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フロリダエアーアカデミー編

日本側で入学手続きを終わらせ、いざ東海岸へ目指す。1年留年で仕切り直し。今では学校名がかわりフロリダプレップアカデミーとなっているようだ。軍隊式はそのままらしけど共学になっていた(涙)

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この学校は全寮制で8人1部屋で過ごす。アーミーネービーアカデミーとは異なり軍曹の姿は見当たらず、ルーメイトは全て同学年の集まり。規律もさほど厳しくなかった。

でもここでの楽しい思い出は少ない。それは6月に入学し12月までしか在学しなかったから。この学校ではパイロット免許も取得可能なのだが、その教科書をみて愕然とする。10センチ以上はあろうかと思われる分厚い本が何冊もある。航空力学や航空法規、航空無線、気象学、物理などなど、これらを全て英語で学ばなければならない。通常の授業にもついていけないのに。本来なら自分の夢に向かって猛勉強といいたいところだけど何がいけなかったのか。当時を振り返り今だからわかること。

本当はパイロットになるのが夢ではなく、アメリカに行きたかっただけなのだろう。その過程に面白さを見出し、ロクに英語も喋れないのにアメリカへ電話し願書を取り寄せたり、辞書片手に一人渡米したり。一生懸命になれたのだと思う。

パイロットの夢を放棄したあとは気が楽になった。ルームメイトと明け方まで遊ぶ。そして抜け出し遊ぶ。そのうち外部の人間ともつるむようになり週末はマッドドック片手に残り少ないフロリダ生活をハイな気分で過ごした。

当時はマジックマッシュルームやLSD、ガンジャなどが蔓延し、週末になると寮を抜け出す生徒が絶えなかった。仲の良かったクラスメイトも廊下でぴょんぴょんしているところを先生にみつかり退学処分を食らうなど麻薬に対してピリピリしていた時代。恐らくどこの学校も同じだったのではないかと思う。記憶では親鶏がいた90年代はアメリカ全土で麻薬が蔓延し、生徒にも手が届く良心的な値段で社会問題になっていた。フロリダが危険というわけではなく、そのような時代だったのだろう。

何をやっても失敗する人。それは恐らく私と同じ病気かもしれません。次回は愛する人を失い人生の分岐点となる人物現る。その名も刺激ちゃん。

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lightmoonv

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4件のコメント

    • kjさん、いつも応援ありがとうございます!記憶も薄れがちで当時の写真も殆ど無くなってしまいなんとか思い出しながら書いています。いろいろあったなぁと(笑)まだまだ時間を要すると思いますが完結させますね。というかこんな私の過去を興味持っていただき驚いていますw

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