東南アジア逃亡に至るまで №5

ども投稿48回目の親鶏(@pinoy_blood_15)です。

前回の東南アジア逃亡に至るまで№4から随分と時間がたちましたので、そろそろ続きでも。

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アメリカでの出会い

アーミーネイビーアカデミー、フロリダエアーアカデミーとアメリカで学ぶチャンスを得るも見事に玉砕。自ら招いた結果だけど今から思うと本当に勿体ないと思う。自分に対してではなく、留学したくてもチャンスが巡ってこなかった人もいるなか、夢もない人間が留学してしまったことに。

それを深く思い出させる出来事として、アメリカへ初めて渡って学んだアナハイムにある高校でのサマースクール。そこで出会った、こうじ君。記憶では既に二十歳を超えていたと思うけど、バイトで貯めたお金で英語を学びにきていた。

ほとんど相手にしてくれなかったけど、ホームステイ先が近かったこともあり毎日のように遊びにいっていた。会話することもなく、こうじ君はひたすら勉強。勉強が終わるとお経をとなえる。当時は何で小さな仏壇の前で毎日お経を唱えるのかわからなかったが、大人になってから彼が創価学会員だったからだと理解した。

こうじ君は滅多に会話しないけど時折話をしてくれた。そこでアメリカに渡るまでの苦労話を聞いたけど、それがどれだけ大変なことだったかわからなかった。でも凄く真面目で勉強熱心、謎のお経を唱える不思議なお兄ちゃんだったことが印象深い。

当時の自分にとっては、その苦労話は他人事のように感じ、それに気づくまでに随分と時間を要した。こうじ君はアメリカで大学進学を望んでいたけど、資金面で相当悩んでいたのでどうなったのかわからない。あれから27年も経つけど今でも忘れられない一人。出来る事なら、もう一度あって、どうなったのか聞いてみたい。

アメリカから帰国して

全てを投げ出し日本に戻ったけど何もすることがない。時間を持て余す中、近くの高校へ訪問するようになった。授業を受けない以外は、殆ど学生気分。勝手に校舎に入り、一緒に学食を食べたり、授業が終わると生徒(友達)と一緒になって遊んだ。

流石に存在が目立ち過ぎて校舎にはいれなくなったけど友達の輪はかなり広がった。そこで知り合った、同い年のゆかりちゃん。むちゃくちゃタイプの子だったけど一つ上の先輩の彼女。そんなことでは諦めない。先輩に言った。ゆかりちゃんをください。

余りにもストレートなお願いだったからなのかわからないけど、以外にもあっさりOKを貰った(笑)もう気分は有頂天。そのまま、ゆかりちゃんのところに行ってみたけど世の中そんなに甘くないよね。見事にフラれる。そもそもの話し、先輩と話しをして、その日のうちに告白しても当の本人は何がなんだかわからない。慌てて先輩に別れ話をするように迫り、何とかりかりちゃんにも状況を理解して貰った。

とはいえ付き合うまでにはかなりの時間を要す。毎日のように学校に行き、毎日のように電話をした。当時は携帯電話なんかなく固定電話へ掛ける。時間が遅くなるとご両親から冷たくあしらわれた。そりゃそうだ。夜中11時頃に掛けてちゃいかんわな。

足掛け3ヶ月というところだとうか。ゆかりちゃんも根負けしてくれたのだと思う。ようやく付き合ってくれることになった。人生バラ色。人生最高!とはこのとき初めて持った感情かもしれない。

でもね、幸せってそんなに長く続かない。付き合いだして初めての夏祭り。友人達も一緒に行ったんだけど、花火も終わり、知り合いのパブにいこうということになった。繁華街は、祭りを楽しんだ人でごったがえ。なにやら友人が酔っ払いと肩がぶつかり喧嘩になった。双方合わせて十数名の乱闘が始まってしまった。警察がくるかもしれないと思い慌てて、ゆかりちゃんをタクシーの乗せて先にパブにいくように伝えた。

その後、かなりの乱闘騒ぎになり警察が現れたのでみんな一斉に逃げた。相手は酔っ払いのサラリーマングループ。お酒が入ると気が大きくなるのか凄い勢いで襲い掛かってきたけど大丈夫だったのだろうか。とにかく逃げて、みんなパブに向かった。待たせてしまったかなと反省しつつ店のドアを開けると、ゆかりちゃんが姿がない。怒って帰ったしまったのかと思い、家に電話をするも帰宅していない。一時間後電話するも帰っていないらしい。これは何かあったのかと思っても確認する方法がない。出来る事はひとつ。店を出てみんなでゆかりちゃんを探すこと。

夜中3時頃まで探すもみつからず、ひょっとすると自分の家にいるんではないかと思い、友達に礼を言って期待して戻るも居なかった。明け方だったけど、もう一度、ゆかりちゃんの家に電話を入れてみると、おねいちゃんがでて帰ってないよとのこと。帰ってきたら電話するようにお願いした。ここまできたら出来る事は家の外でまつことのみ。むちゃくちゃ焦った。

朝の6時ごろだっただろうか。一台のタクシーが家の前に止まった。中をみるとゆかりちゃんが座っていた。むちゃくちゃ嬉しかった。家の中にはいるが何か様子がおかしい。ずっとうつむいたまま。なにがなんだかわからないけど、おもっきり抱きしめてごめんと謝った。すると、ゆかりちゃんが一言。レイプされた。

頭が真っ白になった。誰だ!ぶっころしてやると恐らくかなり怒りをあらわにしたと思う。そんな事をいっても何もならないのに・・・。でも感情をコントロールする事はできなかった。そして2人とも泣き続けた。お昼頃だっただろうか。気持ちも少し落ち着いたので、ゆかりちゃんのおねいちゃんに連絡して事の経緯を話し家にきてもらった。

おねいちゃん曰く、先ず家に帰らすということだったので、そのまま見送るしかない。夜になり電話するも誰も出ない。何度も何度も掛けたと思う。翌日掛けるも誰も出ない。1週間程した頃だろうか電話が通じなくなってようやく理解した。終わったんだと。

あの時、喧嘩にならなかったら。あの時、タクシーに一人で乗せなかったら。あの時、友達と一緒に行動しなかったら。いやまて、そもそも自分と出会わなかったら、ゆかりちゃんを傷つける事はなかった。後悔の念で押し殺されそうになった。

後書きになるけど、ゆかりちゃんのおねいちゃんとは事件があった半年後に連絡が取れた。本人はもう大丈夫とのこと。ただ自分とあうと思い出すので暫く時間が欲しいとのことだった。その一言をきいて身を引く決心がついた。というかそうするしかないと思ったからだ。これ以上、傷つける事はできない。それから十数年を経て共通の友人から、結婚して子供2人に恵まれ幸せに暮らしていると聞いた。その事を知ってようやく気持ちの整理がついた気がする。ただいろいろな事を思い出し全てのことに対し未だに後悔を持ち続けている。

自暴自棄

愛する人を傷つけ失った。もう何でもいいやと思うようになった。自暴自棄に突入とでもいうのだろうか。悲しさを紛らわすために遊びという遊びをやりつくした。18歳になったころ先輩から声を掛けられた。夜の店で働かない?

水商売に入って、いろいろな楽しみができた。単純すぎるけど女の子との出会い(笑)今こそハゲ散らかした親父姿だけど当時は、なかなかの男前。自分でいうのも何だけど、人生のブレークとでもいうのだろうか。でもほんきになることは一度もなかった。ただただ、気を紛らわす時間が過ぎ去る。

人生の転機(刺激ちゃん)

アウトドア系の刺激ちゃん。どうやって出会ったのか未だに思い出せないけどキャンプのお誘いを受けたので面白半分に参加してみた。余り期待していなかったけど、今までと違う空気だと悟る。夜になるとキャンプファイヤーの火を囲んでフォークギターの弾き語り。みんな酔っ払い尾崎豊をアカペラで歌ったりと今まで経験したことがない雰囲気を味わい嵌ってしまった。

だんだんと刺激ちゃんと会う時間も増え、スキュバーダイビングを経験し、夜な夜なジャズ屋台でビリヤードをしながら友人達と過ごす。ゆっくりとした時間が居心地がよく水商売から足をあらった。

でもこれが新たな問題を生む。刺激ちゃんは大のパチンコ好き。最初の内は、横でみてただけだけど気が付くと一緒に朝からパチンコ屋に並んでいた。勝てばいいものの仲良く2人して負けが続く。ある時、刺激ちゃんが簡単にお金がもらえる話を持ち出した。なんてことはない。サラ金から金を引っ張る内容だった。

よりによって2人とも両親は自営業。そこで働いている事にすれば簡単に借りられた。1年位した頃だろうか。気が付くと2人とも10社以上から枠いっぱいの借入金があった。財布に入りきらないほどのカードがあり、2人して神経衰弱 (トランプゲーム)をしていたほど。

もうにっちもさっちも行かなくなり、お恥ずかしい話だが、両親に事情を話し全て支払ってもらった。流石にロクデナシな息子をこのままほっとくわけにはいかないのかと思ったのか、親父から居酒屋を自分で経営してみたらと持ち掛けられた。もうすぐ21歳の誕生日を迎える前に。

つづく。

※登場人物はすべて仮名です。

東南アジア逃亡に至るまで №1

東南アジア逃亡に至るまで №2

東南アジア逃亡に至るまで №3

東南アジア逃亡に至るまで№4

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7件のコメント

  1. 私は平凡で代わり映えのしない青年期を過ごしただけに興味深く拝読させて頂きました。
    人は誰しも反省することの一つや二つはあり、それを糧に出来た方は成長し原因究明せずに次の青い鳥を求める人は最後に大火傷をする。人生ってそんなもんだと思いますよ。あれっ!これって投資行為にも言えそうですね(笑)

    • 自分の場合は全て自ら招いた結果。そして人を傷つける側だったんです。全てを投げ出してフィリピンへ逃亡し、ようやく真っ当な人間になったような気がします。もちろん過去の行いを反省をしつつ。

      確かに投資も同じような過程かもしれませんね。ということは、兄貴さんも継続すべき?かもですよ(笑)

      • 私がフィリピン株を再開するのは1万円=4,300ペソを目安に考えてます。現状のまま超ペソ安ではフィリピン企業は厳しいと思われるからです。
        特に主な輸送手段が車のフィリピンで日本並みのガソリン価格はボディーブローみたいに効いてくると思いますよ。
        それまでは好調日本株に投資しときます。

      • 勉強になります!確かに仰る通りですね。自分の場合、外貨からペソ、そして株投資の流れなので、一方的な捉え方をしていました。様々な角度からみないといけないということか。奥深い。

  2. 僭越ながら私はフィリピン国内で2店舗経営しているから、多少はフィリピン商売人の今置かれている状況が理解出来るのです。旅行者であれば円高ペソ安は大歓迎なんですけどね。

    • 国内の事を考えるとペソ安は、よろしくないですね。嫁が前々から呟いていたのですが、便乗値上げもやはりあるんでしょうかね。自分も最近は高いとかじることが多くなり日本での買い物して持ってきてもらうことが多くなりました😅

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