ども親鶏(@pinoy_blood_15)です。

嫁と娘はバカンスで明日から5日間、マレーシア旅行。そのあいだ息子たちの面倒を全てみなくてはならずドキドキしています。

それでは続きでも。

最初から読む場合は、こちらから。

好きな事をするというのは良いことだ。ただそのさじ加減というのは本当に難しく自分ではコントロールしていると思い込んでいても、方向性を見失ったり自信過剰になったときに何かしら人生を大きな左右させる事件がやってくる。自分の場合は、店を全焼させたという事実。幸いけが人や近隣に燃え移る事がなかったのが唯一の救い。火元の原因がはっきりしていたこと、火災保険に入っても居なかったので、事情聴取も火事があったその日だけ。その後、消防や警察へ行く必要もなくあっけなかったのが印象深い。

全焼だからって全てが灰になるわけではなかった。2つ折りの携帯電話も溶けて2倍の大きさになっていたけど、それが自分のだと判別できる、写真なんかも一部黒こげていても誰が映っているのか認識できる状態のものもあった。そんな写真を眺めながら、何てことをしてしまったんだと深く反省した。

さて、これからどうするか。携帯電話を新調すると、ものすごい勢いのメッセージが届いた。そこで少し面白かったのが、災難でしたね~、大丈夫ですか?と連絡してくる取引先。心配しているのは売り掛け金の回収だった(笑)

ということで火事になってから1週間程は慌ただしかったけど、ようやく落ち着いて、その後の事を考えてみた。居酒屋経営も自分の意思ではないにしろ、なんだかんだで楽しむことができた。なによりもお客さんとの交流がとても刺激的で学ぶことがたくさんある。よし復活させよう。思い立てば吉日。即行動に移し3ヶ月後にはお店は再開していた。因みに海に行く回数は週1回と決める。

横道にそれるけど、酒屋さんというのは飲食店にとって非常に便利な存在。店の屋外看板やちょっとしたお洒落な酒造メーカーのネオン管、冷蔵庫、グラス類は全て無料で手配してくれる。縁の下の力持ち。彼らがお店にきてくれるようになると更なるサービスが受けれるので重宝します。

運命の出会い

お店が復活し新たなバイトが入ってきた。短大卒の社会人1年生。昼間の仕事をしながら週に何回かバイトに入って貰っていたKちゃん。面接の時点で一目ぼれ。即採はもちろんの事、猛アタックし付き合うことに(笑)心が躍るとはこういうことなのだろう。これほど心がときめくなんて、また恋愛の感情が戻るなんて生きているといろいろあるんだとつくづく思った。

突然の別れ

出会いもあれば別れもある。生まれれば何時かは死ぬのと同じだろう。身から出た錆じゃないけど自ら別れの原因をつくり愛する人を失うのは情けない。付き合いも数年続き結婚まで決意した女性でもあったが、自分の身勝手な行動で別れる羽目に。。この別れが東南アジア逃亡の火種となるとは思いもよらなかった。

一度、別れた原因を掘り下げてみよう。ゆかりちゃんを失ってからというもの、全てがどうでもよくなり、もう好き勝手し放題。それが癖になっていたのか、それとももともとそういう性格だったのかわからないけど、友達に誘われるとKちゃんの事はすっかり忘れて遊びほうけてしまう。約束までしていてもだ。また友人たちとハワイに行くことになった時の事を思い出すと、彼女がいる友人は一緒にいこうと計画を立てたりしていたが、自分はKちゃんに対して誘うこともしなかったし、旅行について何も話さなかった。そのうえ旅行先ではお土産を買い忘れていたり。一緒に居ない相手の事を考えることが出来ない。一種の病気かと思うほどの自分勝手さ。そんな感じだからKちゃんが距離を置き始めるのは当たりまえ。何とか修復を試みるも、話することも拒否られる。

ほんと今更だけど申し訳ない気持ちと悔しさで胸がいっぱいになる。人生で結婚したいと思える出会いは3度あると聞いた事がある。一つ言えるのはKちゃんにとって、自分はその3人に入る資格はなかったということ。自分でいうのもなんだけど最低な男です。

閉店のお知らせ

こんな身勝手な行動をとっておきながら実は精神的なダメージは大きかった。なぜ相手を思いやる事ができないんだろう。なぜ自分勝手な行動になってしまうんだろう。悩みに悩んで、このまま地元に居ても何も変わらないんじゃないかと思うようになり店を継続する元気もなくなってしまった。一層のこと沖縄にでも逃げてしまいたい衝動に駆られるようになる。何故、沖縄なのかというと単純に海がある。それだけだった。

昔から不思議な力をもっている。このような考えを持つと何故か叶ってしまう現象。全てが思い通りになるわけじゃないけど、その想いに近づく能力を持ち合わせている。このときもそうだった。よし沖縄行くぞと決めた数日後にお店を買い取りたいと言う話が舞い込んできた。迷うことはない。その場で売却を決意。

上物と内装関連のみの売却で土地は売らず。そのまま家賃収入が得れるようにした。もちろん、親父に。

梁山泊との出会い

店も売却し沖縄行きの準備に取り掛かるも知り合いもいないし、これといった当てもない。そこで職業安定所を訪問してみることにした。担当者へ希望を伝え住み込みで働ける場所を探してみるも、楽しそうな案件もなく、職安とパチンコ屋に行くのが日課になってしまった。そんな中で出会った梁山泊。

梁山泊と書いたものの、ゴト師と呼んだ方がいいのかもしれない。このゴト師の得意技がパチンコ台内部にある中継基盤を裏物にすり替えること、そして遊戯中にある特殊な打ち方をすることで通常時でも確変状態の高確率モードになる凄技。機種にもよるけど、その基盤は1枚10万円前後で手に入れる事ができた。ただ営業中にパチンコ台を開いて交換するのは現実的じゃないので、夜中の不法侵入か従業員と組んで仕込む必要があった。一度すり替えてしまえば、店に見つからない限り、またその台が設置されている間は稼ぐ事ができた。また長期を狙うなら一日の出玉上限を決め、コンピューターで管理されている出玉率に引っかからなくするようにしなければならない。これは打ち子の管理を徹底する必要がある。ただ今では店側もいろんな対策をしているので昔のようなやり方は通用しません。もしやるなら台が設置される前に上流の工程で何とかしなければならなく昔のような少数チームでは何も出来ない時代になったのではないかと思う。

それにしても世の中にはいろんな商売がある。自分はこの犯罪に手を染めたのか、染めなかったのかは言明はしません。ただ中継基盤の手法でも店員や打ち子の取り分を差し引いて1日1台2万円の利益をあげたとして、数台まわせば大きな利益を得る。ただ悲しいかな。あぶく銭というのは全く残らないようになっている。裏の世界から表の世界に華麗な転身を遂げた方々をみると本当に商才があるんだと思う。天才です。自分には真似が出来なかったので凄いの一言。

そんなゴト師から伝授されたのは裏の世界だけではなく夜の遊び方も含まれる。ただその遊びというのが、キャバクラやスナックとかではなく何故かフィリピンパブだった。自分とフィリピンをつなぐ切っ掛けをつくった恩師とでも呼ぶべきか。

フィリピンパブ

実は恩師がフィリピンパブを連れて行ってくれるようになる随分前に一度だけ入店したことがある。それはとても理解不能な世界で二度と来るものかと心の奥底から誓った思い出がある。

それは自分が17歳の時の話し。まだ車の免許も持ってない若造に向かって、太ももをさすりながら、しゃちょさん、何歳?、しゃちょさん、仕事は?しゃちょさん、兄弟何人?しゃちょさん、彼女いる?などと職質かと思うほどの質問攻めにあった。そもそも誰構わず、しゃちょさん呼ばわりに困惑していた。またドリンクや食べ物などをリクエストするのは良いが、隣の席の女の子までもが自分たちのテーブルから注文しワイングラスに入れられた千円札がみるみるなくなっていく。仕方がないので更に1万円札を両替するも、その接待するボーイ(日本人)がやたらテンション高く、こいつまで、しゃちょさんお待たせしましたぁ~♪とくるもんだから冗談抜きでかなり苛ついた。今なら笑って過ごせるんだろうけど。

最後の一撃は、ポケベルの番号を教えた自分も悪いんだけど、毎日のように愛してるよメッセージが届きだす。それが一度や二度ではない。そもそも店は一度だけだし、メッセージを送ってくれている女の子の名前も顔も思い出せない。それが数ヶ月も続くもんだから流石に参って先輩の奥さん(フィリピン人)に相談しメッセージを送らないように伝えて貰った。そこでの彼女の一言に驚く。結婚したかった。自分も超がつくほど変わっているけど、その斜め上をいく姿勢に圧巻された。

そんな苦い経験があったもんでフィリピンパブには2度と行くことはないだろうと思っていたが、恩師の誘いを断るわけにもいかず、付き合い程度で顔をだしていた。

フィリピーナとの恋愛

フィリピン人を好きになるとは思ってもいなかった。これが率直な感想である。タレントには何とかタイマーがあり、5ヶ月か6ヶ月毎にフィリピンに戻り、リクエストがあれば直ぐに日本へ戻ってくる。同じ店からのリクエストがなければ、オーディションを受けて違う場所に舞い戻る。この回数が増えていくとファーストタイマー、セカンドタイマーとレベルアップしていくのであった。このレベルが上がるにつれベテランといわれるようになる。そんな感じだったような。

相当、毛嫌いしていたフィリピンパブでも実は恩師に連れられて行く店で気になった子がいた。同伴はおろかプライベートで話すこともなかったけど、店で気兼ねなしに話せる良き友達という感じ。またファーストタイマーですれていないという点で、ホステスと客という関係ににりきれなかった点でも良かったのかもしれない。

そんな彼女がフィリピンに戻ることになった。フィリピンパブのシステムを知らなかったので、これで会うこともないだろうと思っていたら同じ店からリクエストがあり、1ヶ月もしないうちに舞い戻ってきた。あの盛大なお別れ会はなんだったのか。余りにも早い再会に驚いた。気が付くと2度目の来日からは、毎日お店に通うようになった。恩師以上に嵌っている自分がいる。そして何時からなのかわからないけど曖昧なまま付き合うようになる。

ただ恋愛に発展してからというもの豹変とでもいうのか束縛が凄い勢いでやってきた。初めてのフィリピンパブで経験した嫌な思い出がよみがえる。プライバシーというものは存在しないのだろう。これにはさすがに参り、度を超すようであれば別れようと伝えたら表立っての行動は慎むようになった。

このように常に相手の行動を監視するとでもいうのか、何処で誰と一緒なのかのチェックは、対日本人にだけしているものかと思っていたが、ずいぶん後にフィリピンに住みだしフィリピン人の友人にそのことを話すと、人それぞれだけど皆おなじようなもんだよと苦笑いする姿に同情すら覚えた。俺だけじゃなかったと。

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